東京家庭裁判所 昭和35年(家)8928号 審判 1960年10月31日
申立人 大宮久一
主文
申立人の名「久一」を「脩員」(ヒサカズ―編者注)に変更することを許可する。
理由
一、申立人は大学事務員として勤務しているものであつて、昭和二十五年以来日常生活は勿論のこと、勤務先、納税等も通称名「脩員」で通つている。
ところが戸籍名と通称名との不一致のため、社会生活上、万事不便をきたすので、これが改名許可を求めるというのであつて、申立人の云う事実はこれを認めることができる。
一、それで申立人の申立の当否を検討するに、個人が如何なる呼称を使用するかは、それは当人の自由であるが、自己を他人と識別する手段、方法として広く当人の本籍、戸籍名、出生年月日と、それに符合する印鑑証明のある印鑑所持の事実が利用されている現状に徴すれば、戸籍名の変更は自ずと制限をうける。法は正当な事由があるとき改名は許容されるとしているが、それは改名により第三者に迷惑をかけないことと、それに当人に改名する必要性のある場合である(昭和三五年(家)第一一三〇二号改名事件審判)。従つて何等かの事情で(その事情は当人の趣味道楽に基く場合もあろうし、姓名判断による場合もあろう)当人が通称名で広く世間に通用し、当人も亦引続いて通用の意思があり、そのため戸籍名を以つては当人の表示に不十分な場合が生じたとき、換言すれば既に改名について公告があり、且第三者もこれを察知している場合には、当人に戸籍名の使用を強制するよりか、むしろ、戸籍名を改めて通称名に合致さすことが、同一性の識別についての混乱を防止する所以となろう。本件申立人の通称名への改名はこの点において正当な理由がある。
一、次に法令の要求する常用平易な文字がない名への変更、それも難読な名への変更は許されてよいかという点に若干の疑問があろう。本件申立人は「脩員」名に改名したいというのであつて、その「脩」の字は当用漢字表人名漢字別表になく、且「脩員」名はそれ自体通常人にとり必ずしも読みやすい名とは云えないので、このような改名は許容されるべきでないとの見解が考えられ、又その旨の審判例もある。
しかしながら、法は新たな出生子の出生届については制限漢字以外の字の名の使用を拒否してはいるが、現に通用している名までの使用を禁止しているわけではなく、又一片の法令でもつて禁止できる筋合のものではない。
既に事実として広く通称名が通用している以上は、むしろ事実に法を符合さすのが、当人のためにも亦第三者のためにも利益便宜であり、ひいては取引の安全にも資することになるので、国家の文教政策には若干反するところがあつても、改名許容は已むを得ないことであろう。
更に又通称名が難読という点については、難読であるが故に改名につき正当の事由があるとして許可せられるということから難読な名への改名は許可されるべきでないとの見解もありえよう。
しかし難読珍奇であるがため、改名の許可せられるのは、それがため当人において戸籍名を使用する意思のないことが明瞭であり、その結果個人の表示として十全でないからである。従つて難読な名であるが故に変更が許容されるということは、直ちに難読な名への変更を拒否する理由とはならない。これに対して或はかくては、当人さへその気になれば、数年待てば制限漢字以外の名をつけることができることになるとの非難もあろうが、既に当人の表示として、それが妥当する限り、法がそれを拒否することは却つて呼称秩序を害することになるであろうから、これは已むを得ないことである。
右の事情につき本件改名許可を求める申立人の申立はこれを拒否する理由なく、改名について正当の事由ありと認められるので主文の通り審判する。
(家事審判官 村崎満)